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心がさびしい、 心がつらい、 心が痛い・・・ 心が喜ぶ・・・
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★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 一休さんの詩を遊ぶ交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★








★ 青のくさみ「森女」遊泳1601w12p1011

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真綿なる母に抱かるる月見草

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 一休さんの信女さん礼賛がつづきます。
 森女さんの手を取って、つくづく眺め、撫でもし、頬づりもし、その柔らかさを誉めるんです。そして自分の手と比べながら自分の老いを嘆きます。森公よ、こんなぼくを、きみはこんなにも愛おしんでくれるんだね、この幸せにずっと浸っていたいよ、と泣いて喜ぶんです。一休さんはもうすっかり子ども返りしているのでしょうね。母を恋い慕いつづけた周建少年になりきって母に甘えているのでしょうか・・・


 真綿なる母に抱かるる月見草   仁


 幼子に落つ真女の涙


 一方で一休さんは< 妙適清浄句是菩薩位 >の詩を詠いあげていきます。
 無心が清浄の根源です。命は無心です。
 命より発露するものは一切清浄だというのです。
 一休さんは無心の窮みを生きたのでしょうね・・・

 そして無心の窮みを生きぬいてきた森女さんに巡り会うんです。無心の魂が呼び合ったというように相逢うミラクルが起こるんです。

 儀式張り、形骸化された大徳寺宗門に対する糾弾のスタンスとして逆行三昧した一休さんはもういないようです。逆行三昧も超克しました。
 これよりは弥勒菩薩への変化を幻視するんです。





★ 仁訳森女0686w01『 我手何似森手 』喚我手作森手12t0625

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我手何似森手 自信公風流主 發病治玉茎萌 且喜我会裏衆

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我が手、森の手に何似なる、
自ら信ず、公や、風流の主。
病を発すれば、玉茎の萌ゆるを治す、
且く喜ぶ、我が会裏の衆。


仁訳
 ぼくのごつごつしたこの手は、森公の柔らかい手に比べられるものじゃないね、
 この妖艶な森公は、本当に風流の主だと、やっぱり信じてしまうよ。
 ぼくが病気になれば治癒してくれるし、玉茎が萌え立つと癒してくれる、
 これほどの菩薩のような女性を家族の一員にできたことを、弟子たちもみんなただただ喜んでいるんだ。



 紅葉の映えて真女の也風流   仁


 音色も妙に渓風の吹く


 森女さんとの無心の、素直で大らかなスローセックスライフに、自然法爾の法悦境を三昧します。開かれたスローセックスの仙境とといってもいいのかもしれません。
 弟子たちはその開かれたスローセックスの光景に、一休さんが説いた『婆子焼庵』の「無可、無不可」の無心の光景を重ねて観ているのでしょう。


★★★ 青のくさみ「森女」遊泳0501『 超えて今地獄の花か酔芙蓉 』w12q0909「0088」 へどうぞ!!! ★★★




 そしてこのスローセックスが一休さんの命の力を開花させ、その歓喜と森女さんの歓喜が共振し合って、一休さんの回春を豊かなものにしていくんです。
 スローセックスは命のドリブルなんでしょう。
 躍動する心が長命を保持してくれるのでしょうね。

 さすがに一休さんも85歳にもなると体力も衰えてくるのでしょうね・・・病がちにもなります。持病の瘧も繰り返すようになってきます。その時の森女さんの介護がまた心細やかな手当になるんです。精も甦らせてくれる手当の術を持っているようです。
 一休さんも森女さんに抱かれて、いよいよ無心に、無邪気に、帰って行くようです。
 無有恐怖遠離一切顛倒夢想。
 一休さんは森女さんに抱かれて坐死できる平常心を楽しめるようになっていきます。
 西行さんのように死期も調整できる精神も養生していきました。


 風なくも己の力で散るもみじ   仁


 死も妙適の清浄の舞い






★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★



★★★ 青のくさみ「森女」遊泳1501『 水仙の精にもらいし菩薩道 』w12p1009 へどうぞ!!! ★★★
 

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★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 一休さんの詩を遊ぶ交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★






★ 青のくさみ「森女」遊泳1504w12p1009「0685」

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水仙の精にもらいし菩薩道

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 一休さんの森女礼賛詩のもっとも優美なスローセックスです。
 <美人の陰に水仙花の香有り>
 読書歴が多くないのでイメージも乏しいのですけれど、室町時代までに、直接的に、こんなに素直に、美しく、陰を表現した文があるのでしょうか・・・
 万葉の時代は性も大らかで、開放的でもあったようですから、性を表現する詩歌もいろいろあるのでしょうけれど、こんなにも美しく、芳しい陰を詠んだ詩句を、まだ、見たことがありません。源氏物語も読んでいない無知仁ですから、笑われるでしょうけれど、光さんは情は詠んでも、陰は詠んでいないのではないかと思ってしまいます。
 性の表現の自由は浮世絵に見ることができるのでしょうけれど、それでもやはり隠微な色合いが濃いようです。
 一休さんの陰の詩句にはその隠微さがちっとも感じられません。
 なぜか真空のように清らに美しい。
 初心な少年の清純な感性を感じます。
 空即是色の色合いと呼んでもいいのでしょう。


 水仙の精にもらいし菩薩道   仁


 一夜の契りも三生約す


 <愛看る森也が美風流>
 也は陰を意味しているそうです。

 <ぼくは愛おしくてたまらないよ、
 だからいつもながめるのさ
 森公の陰を。
 森公の陰は妙中の妙だね、
 その美妙さはまさに風流そのものさ>

 妙適句是清浄。


 一休さんは森女さんの陰に玄牝の門を幻て、その玄牝の門を入り、夢幻の仙境を逍遙するのです。





★ 仁訳一休詩0685『 楚臺応望更応攀 』美人陰有水仙花香12x0324

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 楚臺応望更応攀 半夜玉床愁夢顔 花綻一茎梅樹下 凌波仙子遶腰間

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 楚台、応に望むべし、更に応に攀ずべし、
 半夜の玉床、愁夢の顔。
 花は綻ぶ、一茎梅樹の下、
 凌波仙子は、腰間を遶る。


仁訳
 ああ何という幸せ、仙女が降りてきてぼくの前に身を横たえるよ。
 女体を這い上り、水仙の香りのする仙女の谷間へ降りていこう。
 夜の褥に、仙女のうっとりした愁い顔がうつくしい。
 わたしの指先に花は綻び、梅の木の根元に水仙の香りを放つ。
 波間に漂う水仙の花のようにゆるりゆるゆる腰の周りを逍遙するよ。


 楚台は、楚の懐王が楼台に登って歌を謡っていると神女が降りてきて、仲睦まじくなったというお話しを背景にして、一休さんがその神女さんのように訪れた森女さんと懇ろになって、性愛を楽しんでいるよ、ということです。
 一休さんの性愛はスローセックスですから、優れて文化的でなければならないんです。文化的というのは、漢詩人たちの詩句の世界語り合い、愛のイメージを共有し合い、そのお気に入りの情景の一つになりきって性愛を楽しむんです。心が風流に満たされているといってもいいでしょうね。凡愚老仁風に遊べば、異時空遊泳です。ここでは楚台の懐王の神女さんとの情事の時空を遊泳するんです。
 ですから、楚台は森女さんの女体のことです。<楚臺応望>。一休さんは、いつでも、森女さんの生々しい女体が欲しくなるんです。<更応攀>。その森女さんの女体に登って、女体の一つひとつを愛撫しながら、その柔らかさを讃え、喜びを語り、森女さんを幸せに誘い、交心、交感を楽しむんです。
 スローセックスは快楽の文化的な創造行為なんです。
 <黄昏、月色、奈、新吟>なんです。
 唄うように囁き合い、舞うように情交するんです。性愛の交わりが魂の交わりとなるんです。彼我一如の法悦を三昧します。
 巡り愛の逍遙遊です。
 妙適句是清浄。


 < 半夜玉床愁夢顔 > ・・・


 あなたの半夜、玉床に、愁夢の顔を、幻想し、あなたの夢の閨を、想像してみてください。
 その想像を文にして、遊んでみませんか。
 想像世界を文にする遊びも林住期の楽しみの一つです。
 その想像を文にする言葉遊びも、林住期の文化として大切な創造行為でしょう。

 そしてこの言葉遊びの文化も、一休さんのスローセックスへの誘いへのアプローチの一つになるのだろうと、凡愚老仁は思っているのです。


 < 凌波仙子遶腰間 >

 うっとりさせてくれる詩句ですね。
 そのうっとりの夢が語り合えたら、それだけでも楽しいでしょうね・・・



 水仙香酔いどれ舟を漕ぎいでな   仁


 念じよ仙女今添い来らん





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 楚台= 楚の懐王が神女と交情した夢を見たところ。
 凌波仙子= 水仙の異名あるいは形容。
 ≫ 凌波仙子生塵○襪,水上輕盈歩微月。背誰招此斷腸魂,種作寒花寄愁絶。含香體素欲傾城,山礬是弟梅是兄。坐對眞成被花惱,出門一笑大江橫。   。。。北宋・黄庭堅の『王充道送水仙花五十枝欣然會心爲之作詠』

 塵○襪= ○襪はネ偏に蔑の字。
 遶る= メグる。

 ≫ 膩於瓊粉白於脂,京兆夫人未畫眉。靜婉舞偸將動處,西施顰效半開時。通宵帶露妝難洗,盡日凌波歩不移。願作水仙無別意,年年圖與此花期。   。。。皮日休『詠白蓮』

 愁夢=
 ≫ 君不聞胡笳聲最悲,紫髯綠眼胡人吹。吹之一曲猶未了,愁殺樓蘭征戍兒。涼秋八月蕭關道,北風吹斷天山艸。崑崙山南月欲斜,胡人向月吹胡笳。胡笳怨兮將送君,秦山遙望隴山雲。邊城夜夜多愁夢,向月胡笳誰喜聞。   。。。岑参に『胡笳歌送顏真卿使赴河隴』





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★ 青のくさみ「森女」遊泳1301『 森公乗輿 』w12p1006

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小さきが寒さに震え抱き合う

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 しばらく一休さんのおのろけ語りがつづきます。
 単純で幼稚な凡愚老仁は、少年時の初心さで、一休さんの清純な恋を堪能します。ほんとうに一休さんは初な少年の心のままに純愛に耽溺しているんです。こんなにも無垢に、無心に、愛することができる一休さんが大好きになってしまいます。


 今まで、凡愚老仁にはわかりもしないのに、一休さんの純禅の来し方と行く末を眺めてきました。無所住、無一物のスタンスが森女さんへの愛にも貫かれているのでしょう。その純禅のスタンスを貫く精神は超人の技にちがいありませんけれど、現成したその実存は、ほんとうに、初心で無垢な少年のようです。あるいは幼くして母と離れ離れになった少年の母恋の胎内回帰の願望そのまんまです。

 森女さんは、そんな一休さんを、心の目で観ますから、森女さんには一休さんのインナーチャイルドが観えていたのでしょう。地獄の業苦を生きぬいてきた森女さんの心にも裸で寒さに震えるインナーチャイルドが棲んでいたのです。傷つき震える二つの裸の命が共鳴し、共振し、寄り添い合って、ここに魂の交合がはじまりました。
 森女さんは母になってインナーチャイルド一休少年を抱き、一休さんは父になってインナーチャイルド森女少女を抱きます。
 森女さんと一休さんの性愛は無濾路の魂のまぐわいとして現成したのでした。

 妙適句是菩薩位。

 ミラクルな究極の愛の結晶ですけれど、それはまるで少女と少年のままごとのように現成しているのでした。



 小さきが寒さに震え抱き合う   仁


 小さき命小さき歓喜





★ 仁訳森女0683w01『 森公乗輿 』12t0617

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鸞輿盲女屢春遊 鬱々胸襟好慰愁 遮莫衆生之軽賤 愛看森也美風流

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 鸞輿の盲女は、屢、春遊する、
 鬱々たる胸襟、愁を慰めるに好い。
 遮莫、衆生の軽賤、
 愛しく看る、森也が美風流。

 ※ 屢=シバシバ。   ※ 遮莫=サモアラバアレ。


仁訳
 目の見えない森公は、ぼくの自慢の輿に乗ってね、時折春の野辺を遊び回るんだよ。
 胸に溜まった鬱陶しい愁いも吹き飛んだように、森公は無邪気にはしゃぐのさ。
 世間の目はうるさくてね、いろいろ取り沙汰するけれど、
 あどけない森公の優美な振る舞いを、ぼくは、うっとりと、眺めているよ。



 見えない目で春の野遊びをする森女さんは、輿の前の野を駈け廻るインナーチャイルド一休少年をうっとり眺めています。その危なっかしく駈けるインナーチャイルド一休少年を手を差し出して守ろうとする森女さんの仕草が一休さんにはこの上なく優美なものに観えました。その優美な森女さんがインナーチャイルド森女少女になって、野原で唄い、舞うのを眺めているのでした。
 そしてその森女少女と一休少年は妖精のように唱い、舞い、抱き合って、夢幻の時を戯れつづけるのです。


 蝶の舞い花の靡ける春遊び   仁


 妙適清浄光交響






★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★



★★★ 青のくさみ「森女」遊泳1204『 ある夜は星の仙女と星踊り 』w12p1005 へどうぞ!!! ★★★
 

★★★ つけ句あそび交心w12q093001『 念ずれば物皆形見涼しかり 』 へどうぞ!!! ★★★
 

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★ 。・。・゜♪゜・。・。★ TAO交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★





★★★ 青のくさみ「森女」遊泳1201『 金木犀愛するほどに苦しめる 』w12p1005 への交心です。 へどうぞ!!! ★★★
 





★ TAO交心w12p100602

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面目坊恋するほどに微笑みぬ

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 雲は天才さん、いつも交心とサポートありがとうございます。
 人と人との相互理解というのは、現実には、なかなか成り立たないものですね。理解し合ったということも、その時そのことにおいてのことで、おそらくは、心情的な幻想でしょうか。理解できている一点のみのことで、後々に全体が観えてくると、食い違いや誤解がいろいろ観えてきます。けれどその時の理解は嘘ではなく、時の経過と認識の変化で、別の側面まで観えてくるということだろうと思います。おそらくそれが人間の成長でしょう。人と人の間ではその成長に遅い早いがあり、成長の内容に質的な違いも出てきます。それは当然のことですけれど、その成長の遅速と価値観の相違を受け容れることができず、ずれや、猜疑心や不信感につながっていくことが多いですね。そうじゃないことを説明しても、変化を認め合うように理解を求めても、違いに拘って、意固地にもなったりして、心が疎遠になっていきます。
 まるで他人の場合は、それ以上のことを求めませんので、違いは大して牆壁にも反目にもならないのですけれど、身近な人になると、信頼を深めたいばかりに、ずれを直したり、隔たりを埋めようとしたり、切実になりすぎて、更にこじれたり、争ったりすることになってしまいます。
 もっとも身近な連れ添いさんの場合は、いつも一緒で、狎れ合ってしまっていますので、わがままも昂じて、根深いものになっていくことも多いですね。
 凡愚老仁はそれを愚かなことだと思いますけれど、その愚かなことだと思う態度が不誠実と詰られるようになっていきますね。
 とかくこの世は生きにくい・・・



 真には遠き身なれど女郎花   仁


 ただに眺めて愛おしむなれ


 住吉で再会する前に、一休さんは森女さんに巡り会って、森女さんに心添わせて、その憐れな身の上を慰めてやりたいと誠実にお世話したのでしょうね。けれどその優しさから、やっぱり情に流されてしまうのでしょう。森女さんはその一休さんの情に負担を覚えはじめ、離れてしまったのでした。一休さんにはまだ森女さんの菩薩道が観えていませんでしたので、多事多忙に紛れて森女さんのことは亡失していました。


 理に働けば角が立つ・・・
 真偽是非は雨濾路の真実。自己主張すれば争いになり、抗えば排斥される。
 比べず、選ばず、争わず、凡愚老仁はあるがままの現実を黙って受け容れるだけの木偶の坊になりました。こうして楽しんで呟いているのは、真偽是非とは無縁の、愚者の言葉遊びです。言葉の自遊な湧出が面白いし、知らない言葉とのめぐり逢いに心躍らせます。言葉のつながり合いが色々の世界を開いてくれるし、言葉を紡いでいけば思わぬロマンがはじまるんです。雨濾路に拘りを捨てたら、言葉が心を解き放つ友だちになってくれるんです。
 言葉が面目坊の在処へ連れて行ってもくれるんです。



 > その心こそまことなるかな   雲天


 面目坊恋するほどに微笑みぬ   仁


 からだの芯の微笑みに逢う


 一休さんは住吉で森女さんに再会し、懇ろになり、森女さんの実存を知るにつけ、森女さんに面目坊を幻ることができるようになりました。森女さんの中に一休さんの主人公、無位の真人を見いだしたのでした。森女さんを生きることが一休さん自身の主人公を生きることになったのです。彼我一如です。
 一休さんの性愛は物我一如の自然法爾を現成したのでした。


 そして、人は皆菩薩。一期一会の巡り愛を生きるようになるのでしょう。



 酔芙蓉今ここ命の火と燃ゆる   仁


 花の内にぞ無濾路は開く






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★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 一休さんの詩を遊ぶ交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★






★ 青のくさみ「森女」遊泳1201w12p1005

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金木犀愛するほどに苦しめる

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 一休さんは、もう、森女さん無しには生きられないほどの愛しようです。その愛の深さが森女さんを苦しめるんですね。そこまで愛してくれる一休さんに菩薩を感じるほど喜びと安堵を覚えますけれど、その逆に自分のせいで、一休さんが本来の禅僧としての本分を忘れさせてしまっているのではないかと心が引けてしまうのです。


 金木犀愛するほどに苦しめる   仁

 病めるも神女芳しかりき


 何しろ一休さんの周辺には百人を越す弟子さんたちがいますし、新しい文化人、芸能の創造者たちが一休さんの禅機を学びに来ます。
 弟子さんたちには、印可状を必要としない純禅を身を以て開示しなければならないし、純禅の砦としての大徳寺を復興しなければなりません。
 新しく形成されていく文化、芸能は、金閣寺銀閣寺に代表されるような現実遊離の華美、退廃の美ではなく、地獄のそのままの現実から見いだされ、生まれてくる人間らしさを追求する思想とスタンスで通底していました。それはまさに一休禅の根源的な世界観のそれぞれのジャンルでの開花といってもいいような創造行為でした。

 一休さんにはまだし残している仕事が山積みになっているのでした。
 そんな話も、一休さんは森女さんに、睦言の私語の中で、語り明かしてきたのでしょう。一休さんは自分の思想を森女さんに語ることで、目の見えない森女さんの実存と内観を通して、自分の思想の純化ができるのでした。見えない世界を観、聞こえない声を聴くことができるようになるのでした。

 一休さんにとって、森女さんとの愛の実存は、一休禅の究極の現成でした。
 空海さんが、密教においてしか現成できないとして封印した<妙適清浄の句、是菩薩の位なり>の『理趣経』の世界を、一休さんは森女さんと生きたのでした。





★ 仁訳森女0682w01『 看看涅槃堂裡禅 』12s0712

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看々涅槃堂裡禅 昔年百丈鋤頭邊 夜遊爛酔畫屏底 閻老面前奈飯銭

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 看よ看よ、涅槃堂裡の禅、
 昔年、百丈、鋤頭の辺。
 夜遊、爛酔、画屏の底、
 閻老、面前、飯銭を奈イカンせん。

仁訳
 見てよ、見てよ、ほら、森公が涅槃のように寝ている姿を、
 ぼくはうっとりとそんな森女に見惚れて坐っているだけだよ、
 昔々、百丈さんは弟子に鋤を隠されて、絶食したものだけれどね。
 ぼくなんか一日何にも為さずに絵屏風の陰で泥酔しているばかりなんだ、
 閻魔さんにその酒代を支払わされても、溜まりすぎて払えやしないよ。


 華叟さんが一休さんに印可を認めたのは、一休さんがもう自分を超えたし、自分よりも遙かな純禅を生きることを予知したからでしょう。21歳で謙翁さんを超えた一休さんでした。この時既に大応系純禅を印可されたのです。華叟さんの元で一休さんは更にもう一歩踏み込みました。京で酒肆婬坊に耽る逆行に入ったのでした。華叟さんは一休さんのその禅機を認めたのでした。
 ですから、<閻老面前奈飯銭>は、一休さんの「ぼくはもう閻魔さんに冥土への渡し賃は払わないよ」と宣言したのでしょう。「ぼくはここで往生して、泥に戻るんだ。地獄も極楽もないのだからね」というんです。『骸骨』でそう辻説法してきました。

 一休禅のスタンスの初心は、母の遺言にある<釈迦も達磨も奴とせよ>にあるんですね。
 21歳で謙翁さんを超え、27歳で華叟さんを超えた一休さんは大応純禅から、今や、虚堂純禅の再来を志向しているのでした。そして、森女さんに巡り会って、その虚堂さんをも超えたのでした。
 今や、一休さんは、六祖慧能さんがその母を愛したように、森女さんを愛する生活に入ったのです。<妙適清浄の句、是菩薩の位なり>を現成することによって慧能生さんをも超えているのでしょう。
 ひょっとすると、もう、達磨さんをも奴としているのかもしれません。
 今や、一休さんは、弥勒さんの再来を志向しているのでした。


夢ならず人皆菩薩秋落輝   仁


 この古里の美しきかな





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★★★ 青のくさみ「森女」遊泳1103『 一休みここも無濾路よ花野行く 』w12p1004 へどうぞ!!! ★★★


★★★ つけ句あそび交心w12q091802『 死の不仁涙の海か曼珠沙華 』 へどうぞ!!! ★★★
 
 

★★★ 『 今日の出来事、雑談、交流広場 12年10月04日 』   ☆☆☆   本尊から落下?ガラス玉 - 創建時の基壇残る/東大寺法華堂 へどうぞ!!! ★★★




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HN:
青柳仁
性別:
非公開
自己紹介:
 21世紀を平和の世紀に!
 平和の砦を守る戦士として生きていますけれど、身近な人たちの中で、戦争に対してNO!と言い続けるスタンスを持ち続けていくことしかできません。
 手に花を!心に平和の砦を!

 平和の砦の源泉は子どもたちの未来を守ることです。子どもたちが生きる希望と勇気を持つ世の中を創りだしていきましょう。
 子どもたちと一緒に生きましょう。

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