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心がさびしい、
心がつらい、
心が痛い・・・
心が喜ぶ・・・
★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 一休さんの詩を遊ぶ交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ ★ 青のくさみ「森女」遊泳1001w12p100101 ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― 月明かり薪灯りに舞う盲女 ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― 1471年11月14日、一休さんは住吉の薬師堂で森女さんに邂逅してから、その足で坂井の上の雲門庵に森女さんを同伴し、語り明かしました。 雲門庵は墨塞年譜に「文明2年、師77才。一檀越有りて、庵を坂井の上に占め、以て師に延ススむ。師喜んで諸徒を携えて徒 り、其の庵に扁して雲門という。蓋し竜山の雲門の祖塔、乱後に草白なるを以て、聊か其の名を存し以て霊光の厳存するに擬するなり」とありますから、かなりの数の弟子たちが同居していたようです。 後に薪の酬恩庵に戻りますけれど、ここでは室町市民文化の花を咲かせる文人墨客が集うようになり、弟子も百人を越したいいます。そんな大勢の中で一休さんは大らかに森女さんを愛しつづけるんです。その庭を舞台にして一休さんが謡い、森女さんが舞い、同席した者たちが囃すという風流を楽しんでいました。 月明かり薪灯りに舞う盲女 仁 涙忘るる時の更けゆく ★ 仁訳森女0694w01『 客散曲終無一声 』森公午睡w12s0701 ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― 客散曲終無一声 不知極睡幾時驚 観面当機胡蝶戯 誰聞日午打三更 ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― 客は散じ、曲は終わりて、一声も無し、 極睡、幾時に驚くかを知らず。 観面、機に当たる胡蝶の戯れ、 誰か聞く、日午に三更を打つを。 仁訳 宴の客も帰り、賑わいだ歌曲も終わって、もう人の声もしなくなった、 ぐっすりと眠り込んでしまった森公は、何時になったら目を醒ますことやらね。 その寝顔を眺めていると、きっと胡蝶の夢を見ているのに違いないよ。 ぼくだけが知っている、真昼間に真夜中の時を打つ音を聞く秘密の時空なんだよ。 <ぼくだけが知っている>がいいですね。 「日午に三更を打つ」の三更は夜中の11時か0時からの2時間をいうそうです。夜中の0時に九つ鼓や鐘を打って時を告げたといいます。夜中の0時をまた子の刻といい、鐘を九つ打つので九つともいいます。2時間おきに一つずつ減らしていくそうです。昼の0時を午の刻。その後が午後になるんですね。 ついでながら、子の刻の次は丑の刻です。丑の刻を四つに分けて、三つ目が「草木も眠る丑三つ時」です。その後はもう夜が白みはじめます。午の刻の次が未の刻です。八つ鐘を打って知らせます。ちょっと休憩、3時の「お八つ」の時間です。 一休さんは、謡い、舞い疲れた森女さんが昼寝をして、幸せに微笑んでいる寝顔をしみじみと眺めているんですね。その森女さんが見ている夢の中味まで一休さんは観ることができるんです。それは子の刻にも愛し合い、睦言を重ねている閨の夢なんです。 <吟行客袖幾詩情 開落百花天地淸 枕上香風寐耶寤 一場春夢不分明>と一休さんは15歳の時詩いました。一休さんが終生幻ミつづけ、詩いつづけてきた閨夢です。 狂雲を名乗っていた一休さんは、また自ら夢閨を号してもいました。 一休さんは少年時代より観つづけてきた夢を、森女さんに巡り会って、今、実際に生きているんです。森女さんの靨の笑顔はあの楊貴妃にも優るとべた褒めします。 <枕上の香風、寐ミか寤ゴか>、森女さんと添い寝している枕べに漂う水仙の香りに酔い痴れる。夢か現か分からない自然法爾の法悦のひとときです。 芳しき風にほとめけ散るもみじ 仁 老いにもはなやぐ時のあるらん ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ ★★★ 『 今日の出来事、雑談、交流広場 12年09月30日 』 ☆☆☆ 正倉院宝物の演奏楽しんで - 「斑竹横笛」展示、販売へ へどうぞ!!! ★★★ ★★★ つけ句あそび交心w12q093001『 念ずれば物皆形見涼しかり 』 へどうぞ!!! ★★★ ★★★ 青のくさみ「森女」遊泳0901『 無垢は無垢突き抜けて燃ゆ曼珠沙華 』w12q0927 へどうぞ!!! ★★★ ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ リンク ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ PR ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 一休さんの詩を遊ぶ交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ ★ 青のくさみ「森女」遊泳0901w12q0927 ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― 無垢は無垢突き抜けて燃ゆ曼珠沙華 ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― 一休さんは住吉の薬師堂で森女さんに巡り会って、懐かしさがこみ上げ、感動の余り、友だちと同伴していることも忘れて、森女さんと語り込んでしまいました。語り尽くさず、一休さんは森女さんを松栖庵に連れて行って、夜を明かして語り合ったのでした。 弟子たちも暮らす狭い草庵ですけれど、もう外のことは一切目に入らないようです。 貞心尼さんと初めて会った良寛さんも、草庵で、夜を徹して、語り明かしたんです。家主さんが傍に住んでいるのですけれど、世間体など気にならないようです。 一休さんも良寛さんも自在だったんですね。それだけ心が無垢なのでしょう。 一休さんと良寛さんは全く逆の生き方をしているようですけれど、根源的な生の有り様は同じなのでしょうね。何よりその心根の優しさに於いて一休さんと良寛さんはよく似ているのを感じます。情感の細やかさもパッションの激しさもよく似ているのを感じます。 無垢は無垢突き抜けて燃ゆ曼珠沙華 仁 罪は分別命は清浄 ★ 仁訳森女0693『 木凋葉落更回春 』謝森公深恩之願書w12t0617 ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― 右余薪園小舎寓有年 森侍者聞余風彩 已有饗慕之志 余亦知焉 然因循至今 辛卯之春 邂逅于墨吉 問以素志 則諾而応 因作小詩述之 木凋葉落更回春 長緑生花旧約新 森也深恩若忘却 無量億劫畜生身 ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― 森公の深恩に謝するの願書 右は、余、薪園の小舎寓して年有り。森侍者、余の風采を聞きて、已に饗慕の志有り。余また知る焉。然れども因循して今に至る。辛卯の春、墨吉に邂逅して以て素志を問えば、即ち諾して応ず。因りて小詩を作りて之を述ぶ。 木は凋み、葉は落ち、更に春に回カエる、 緑を長じ、花を生じ、旧約も新たになる。 森也が深恩、若し忘却すれば、 無量億劫、畜生の身。 仁訳 木は凋んで枯れ、葉は朽ちて落ちる老いの身に、春がまた回ってきたよ。 枝には青々と葉が繁り、花は咲き誇り、ほら、昔の情熱が蘇ってくる。 こんなにも回生させてくれる森公の深い慈愛を、もし忘れるようなことがあれば、 ぼくは、永遠に、畜生の身のまま救われることはないだろうさ。 ずっと前にも、一休さんは森女さんと巡り会っていたんです。 森女さんは、貞心尼さんと同じで、一休さんの人望を聞いて、一休さんに会って話を聞いてもらいたいと願ったのでした。話を聞いてもらうだけでも心が軽くなるような気がしていたのです。できれば高徳の一休さんに帰依して残る人生に安堵の境地を求めたいと願っていたのでした。そして一休さんに会って、話を聞いてもらいます。想像していた通りの人で、親身になって聞いてくれるばかりでなく、わが身をも愛おしんでくれるのを感じました。身も心もひさいで生きてきた森女さんは一休さんの体温も求める心になっていました。その心の動きを一休さんも感じとっていたのですけれど、何故か、一休さんは、すぐには森女さんを抱くことができなかったようです。 一休さんにとって、森女さんの実存は、一休さんも知ることのできないほど過酷な地獄模様を生きぬいてきているのです。一休さんは自分は世間の地獄の実相をつぶさに見てきて、その衆生と一緒に生きる志で、逆行三昧を生きてきたけれど、それは方便に過ぎなかったことに気づかされたのでした。衆生救済も利他行も慢心の為せる業であることに気づかされたのでした。 そのことに気づかせてくれた森女さんに、一休さんは菩薩さんの化身を幻視するようになったのです。そしてその菩薩さんと一体化する道を歩きはじめたのでした。 今までの方便として生きてきた逆行もなく、順行もない、命の自然法爾を生きはじめたのでした。 それはもう言葉で表現できる世界ではなく、生きぬいてきた森女さんの命の実存があるだけの世界ですけれど、それを知った一休さんは、詩魂を捨てることはできず、森女さんと生きた自然法爾の命の世界を、28文字の七言絶句の漢詩で表現しました。 不立文字の時空です。 この人を見よ、の時空です。 良寛さんも、貞心尼さんとの不立文字の愛時空を生きました。 自然法爾の命の愛時空です。 月影や拈華微笑の愛あらめ 仁 はだかの命はだかの心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ ★★★ 青のくさみ「森女」遊泳0811『 突き抜けて空の花咲け芋の露 』w12q0924 へどうぞ!!! ★★★ ★★★ 優游575交心w12q092604『 産土の水沼の蒲に雁落ちる 』 へどうぞ!!! ★★★ ★★★ 『 今日の出来事、雑談、交流広場 12年09月27日 』 ☆☆☆ この味、この香り - 奈良でお茶飲み分け競技 へどうぞ!!! ★★★ ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ リンク ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 青のくさみ「森女」遊泳 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ . ★ 青のくさみ「森女」遊泳0808w12q0923 ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― とはいえど今一度の秋に夢 ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― . 燃え出る色に染まらば染まれ 現実のまんまだったら、遊びは何にもはじまりません。現実の中に現実にはあり得ない物も持ち込んでこその遊びです。言葉の上の観自在です。 ★★★ 青のくさみ「森女」遊泳0210『 どの花もわれ恋せやも秋の蝶 』w12q090909 へどうぞ!!! ★★★ 還るときお伴と遊べ赤とんぼ 仁 よくも生きたり極楽とんぼ 古来ひとつぶの露にも宇宙を観照してきました。夏草に兵どもが夢のあとを遊泳することもできます。凡愚老仁風の光さんを遊ぶこともできます。 一休さんは森女さんに弥勒菩薩の到来を幻視しました。 体験と知識を持ったまま子ども時代へ幼時帰りしたら、その少年はどんな夢を見て生きるのでしょうね・・・ 死に向き合うことは生まれる前の自分自身に会いに行くことかもしれません。 あの野垂れ死に志向少年が、まさか古稀まで生きているとは、想定外の現実ですから、失われた時に戻って、思う存分少年時を再生するのも、存命の残された喜びになるのでしょうね・・・ 秋しぐれ未生の前の吾遊ぶ 仁 花と星とのまぐわうゆらぎ ★★★ 青のくさみ「森女」遊泳0801『 幾たびも初心に還れ帰り花 』w12q0916「0692」 への交心です。 ★★★ ★ 青のくさみ「森女」遊泳0701w12q0918 ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― 枯木なる吾に肥沃は毒ならめ ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― . 雲人さん、交心ありがとうございます。 事実を知ること、真実を知ることは大切なことですから、たくさんの学者さんや研究者の方に明らかにしてほしいですね。とても難しいことでしょうけれど・・・ 邪馬台国論争は今以て何一つ証明されていませんし、藤原鎌足さんが何者なのか、聖武天皇が誰の子どもであるのかも不確かなままですね。政府は岩国に原爆貯蔵庫はないというし、30年後に原発ゼロを宣言しながら稼働を承認し、新しい設置まで考えるんです。公開される文書と内実は裏腹のものが多いのでしょう。 世間虚仮。何事も鵜呑みにしないことが肝要なことだと心得ていこうと思います。 自分自身のことさえ正確に表現できる人はおそらくほとんどいないのではないでしょうか・・・ 先日『怒れる十二人の男たち』を見ましたけれど、普通の人の記憶や判断がいかに曖昧なものであるかが明らかにされていきました。個人の正義の判断がいかに予断と偏見に満ちており、私情に振り回されているかも晒されていきました。 信じるということは、善悪是非を超えて、存在の全体を受容することだろうと凡愚老仁は思います。受容なしに真実に近づくことはできないでしょう。 人間関係もまず受容があり、根源的な命の共有があってはじめて、対話も成り立ち、相互理解が成就し、相違も矛楯も抱え込んだままに、真実の傍で生きていくことができるようになるのでしょう。 痩せたソクラテスでいたいものだと念じています。 枯木なる吾に肥沃は毒ならめ 仁 少しの水と光と風を 森女さんのことは一休さんの正統な崇拝者たちには無視されてきたようです。聖人君子に相応しくないのでしょうね・・・多くの人は一休さんの芸術的な作品としての昇華だと理解しているようです。お釈迦さんもイエスさんも聖化されて、人間じゃなくなってしまいます。イエスさんは処女懐胎だし、お釈迦さんは脇腹から生まれたといいます。そして性は差別され、女性は往生できないとされてきました。 > 女をば法の御蔵と言うぞ実に釈迦も達磨もひょいひょいと生む 一休 一休さんはこの因習と権力支配のシステムに挑戦したのでした。 命の受容が根源的な方便です。 命の受容が愛でしょう。 逆行は権力体制に対峙する根源的なスタンスです。頓知は命を賭した人間革命のスタンスから生まれる知恵のスキルでした。一休さんの半生は人間革命の菩薩行でした。 そして応仁の乱の最中に、運命的な森女さんに巡り会ったのでした。 人間革命にもさよならする地平に到達できるようになるのです。森女さんの実存を知り、実存の交わりを深める中で、ただの人間に回帰していったのです。 ほんとうに全受容の愛を実存しはじめたのでした。 一休さんをただの人間に翻身させた森女さんはどんな生き方をしてきたのでしょう。 凡愚老仁の空想のはじまりです。 ここにミラクルな一休さんと森女さんの究極の愛が創出されていくのです。 気がつけば足許に愛草の露 仁 いのちの限り今ここ燃やす 凡愚老仁の言葉遊びでどこまで森女さんと遊べるのかもよ~らなものですけれど、もうこの迷宮にはまり込んで1年も過ぎたのでしょうか・・・ ゆるゆるのんびり、やっと入り口に入れるような気がして、わくわくしています。 笑い飛ばしてくださいね。 . ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ ★★★ つけ句あそび交心w12q092001『 虫しぐれ一夜のゆえに恋まさる 』 へどうぞ!!! ★★★ ★★★ 青のくさみ「森女」遊泳0706『 身一つも命の宝庫草の花 』w12q0917 へどうぞ!!! ★★★ ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ リンク ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 一休さんの詩を遊ぶ交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ ★★★ 青のくさみ「森女」遊泳0702『 魅せられしはだかの魂虫しぐれ 』w12s0731「0691」 への交心です。 ★★★ ★ 青のくさみ「森女」遊泳0706w12q0917 ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― 身一つも命の宝庫草の花 ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― 雲人さん、大変なご心配とお骨折りの中、そしてまた講演の忙しい真っ直中にお立ち寄りありがとうございます。 いつも力強いサポート身に余る支援をありがとうございます。 一休さんは天然のカウンセラーなのでしょうね。「カウンセリングの極地」という言葉をもらって、カウンセリングのこともよくわかりませんけれど、一休さんはほんとうにそうだと感じます。良寛さんも同じでした。心根は一休さんも良寛さんも同根なのでしょうね。同根を辿れば、達磨さんにも釈迦さんにもつながっているのでしょうね。イエスさんにも老子さんにもつながっているのでしょう。 根を同じくすれば、同じ心根の花が咲くのでしょう。 そしてその根は、人間という存在に共通している根なんだと感じます。 同じ根に拠って生きていれば、同じ心根の花が育ち、同じ心根は共感、共振して、親しみ、心を解きほぐし、苦しみや悲しみの中で、つながり愛の心となって、和合し、安堵の心にしてくれるのでしょうね。 命はそんな風につながり合っているのだと感じます。 蓮如さんと一休さんも共鳴共振し合っていたんですね。 根っこが同じだったのでしょう。 一休さんと同じくらい女性も愛したのですね。子どもの数では一休さんを超えましたけれど・・・ 森女さんは、命に拠って、生き存えてきたようです。飢餓と戦乱の世の中で、絶望と怒りと祈りが渦巻く街の中を、目の見えない若い女性が生き延びていくことは奇跡的なことです。森女さんは生きぬいて、一休さんに巡り会えたんです。森女さんは命の温かさと悦びをひたすらに信じて生きてきたのだと感じます。性をひさがれ、性をひさぎ、それでも生きていることに喜びと感謝を持つことができたのでしょう。それを菩薩さんというのでしょうか。 群衆に罵られ、石を投げられて生きてきたマグダラのマリアさんがイエスさんに巡り会ったことと重なります。 命に拠らなけば起こらない共鳴共振でしょう。呼び合う命のめぐり愛でしょう。 命のシンクロを愛と呼ぶのじゃないかと思うようになりました。 カウンセリングも命のシンクロに依拠して成就されていくのでしょうか・・・ 身一つも命の宝庫草の花 仁 食べる口あり触れる手があり ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ ★★★ つけ句あそび交心w12q091102『 さわやかに吾に寄り来し森の人 』 へどうぞ!!! ★★★ ★★★ 青のくさみ「森女」遊泳0210『 どの花もわれ恋せやも秋の蝶 』w12q090909 へどうぞ!!! ★★★ ★★★ 林住期道楽交心w12q090601『 茜草一会の祇王肌に染む 』 へどうぞ!!! ★★★ ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ リンク ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 一休さんの詩を遊ぶ交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ ★ 青のくさみ「森女」遊泳0701w12q0916 ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― 幾たびも初心に還れ帰り花 ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― 先にも書きましたが、森公との運命的な巡り会いは、これがはじめてではなく以前にも知り合っていて、昨年は薪村で会って、親しくもなっていたのでした。 同じことを二度書くほどに、一休さんにとって森女さんがそんなにも大切な存在になっていたのでしょう。釈迦も達磨も奴にしたほどの、突き抜けてしまった一休さんがまだ知らない、想像したこともなかった生身の人間が、目の前に現れたのです。 それがこの目の見えない、美しい、若い女性だったのです。 幾たびも初心に還れ帰り花 仁 機に会えばまた花も咲くらん 森女さんのことは一休さんの詩の中にしか書かれていません。その出生も、人と形も分からないままです。 ただ記録に残されているのは、真珠庵で発見された、一休十三回忌の香典帳に名を連ね、銀何貫目かを寄進したあかしがある位の数個です。水上勉さんは『一休を歩く』で書いています。 ≪ いったい、その森侍者とはどういう人だったのだろうか。盲目だったことはわかるが、果たして、旅芸人だったのか。これはのちに一休寺で発見された、弟子の祖心紹越の手紙からの想像だけれど、森侍者は小袖を売って一休の塔所建築に心も金もつくしている様子だし、またのちに真珠庵で発見された、一休十三回忌の香典帳に名を連ね、銀何貫目かを寄進したあかしがある。それゆえ森侍者には一休の死語十二年目に金子を寄進できるちからがあり、また一休の死の数年前には、慈揚塔(墓)をつくるのに衣類を売っていることなどから、当時、街頭にあらわれて物乞いのような芸人ぐらしをしていた盲女といった印象とは、いくらかずれることになる。年齢も三十五、六でないと香典帳の年次に符号しないし、由緒ある家の出であったろうことも想像されてくると、この当時、住吉あたりを流浪していた盲女の正体は謎というしかないことになる。そこで、ぼくの住吉大社詣では、これで数回目であるが森女の正体については住吉へくるたびに興味をふかめないではおれないのだった。≫ 。。。集英社文庫p191 緻密な研究家で推理小説も書く水上さんが謎解きできないくらいですから、凡愚老仁には謎解きは無縁です。だから、真偽是非とは関係ない次元で、言葉遊びとして、森女さんと一休さんの出会いも、遊ばせてもらいます。 マグダラのマリアかすずし森女の絵 仁 かかる女人に寄り添う人か ★ 仁訳森女0692w01『 憶昔薪園居住時 』12t0623 ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― 憶昔薪園居住時 玉孫美誉聴相思 多年旧約即忘後 更愛玉階新月姿 右余寓薪園小舎有年 森侍者聞余風彩 已有饗慕之志 余亦知焉 然因楯至今 辛卯之春 邂逅于墨吉 問以素志 即諾而応 因作小詩述之 謝森公深恩之願書 ――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★―― 憶えば昔、薪園に居住せし時、 玉孫の美誉、相思を聴く。 多年の旧約、即ち忘ぜし後、 更に愛す、玉階、新月の姿。 右は、余、薪園の小舎に寓して年有り。森侍者、余の風彩を聞き、已に饗慕の志有り。余また知る。然しながら因楯して今に至る。辛卯の春、墨吉に邂逅して、以って素志を問えば、即ち諾して応ず。因って小詩を作って之を述べる。 仁訳 思えば昔ね、ぼくが薪村に住んでいた頃、 ぼくが皇孫であることや誉れ高い噂を聞いて、森公はぼくを密かに慕っていることを知って、ぼくも愛おしく思っていたんだよ。 その相思の契りを、長い間すっかり忘れていたけれど、今こうして再会して、 あの薬師堂の階段に立っている新月のように優美な森公の佇まいがもうたまらなく愛おしいよ。 この詩を書いたのはね、ぼくが薪村の草庵に住んでいた頃の話だけれどね、この森公がね、ぼくの風評を色々聞いて、私かにぼくに憧れていたんだよ。そしてぼくに会ってね、いよいよぼくを慕うようになるのさ。森公の心根の無垢さがぼくには不思議なくらいだった。 けれどいろいろのことがあってね、森公の傍にばかりいることはできなくなってね、いつの間にか森公もいなくなって、今までそのことさえも忘れかかっていた。 文明三年(1471年)の春に、住吉の薬師堂で偶然にも森公に巡り会えてね、あの頃のことを謝し、今もまだあの頃の心はあるのだろうかと問うたところ、あれからもずーっとぼくを慕いつづけてきたと心を明かしてくれたんだ。 ぼくはほっとしてね、森公が愛おしくてたまらず、もうずっと一緒にいようと思い、そのぼくの念いを詩にして伝えたよ。 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ ★★★ 青のくさみ「森女」遊泳0210『 どの花もわれ恋せやも秋の蝶 』w12q090909 へどうぞ!!! ★★★ ★★★ 万葉仮名あそび575交心w12q090901『 無愛想な顔が面目鳥兜 』 へどうぞ!!! ★★★ ★★★ 林住期道楽交心w12q090601『 茜草一会の祇王肌に染む 』 へどうぞ!!! ★★★ ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ リンク ★ 。・。・゜♪゜・。・。★ |
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自己紹介:
21世紀を平和の世紀に!
平和の砦を守る戦士として生きていますけれど、身近な人たちの中で、戦争に対してNO!と言い続けるスタンスを持ち続けていくことしかできません。 手に花を!心に平和の砦を! 平和の砦の源泉は子どもたちの未来を守ることです。子どもたちが生きる希望と勇気を持つ世の中を創りだしていきましょう。 子どもたちと一緒に生きましょう。
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