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心がさびしい、 心がつらい、 心が痛い・・・ 心が喜ぶ・・・
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★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 一休さんの詩を遊ぶ交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★





★ 青のくさみ「森女」遊泳0701w12q0916

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幾たびも初心に還れ帰り花

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 先にも書きましたが、森公との運命的な巡り会いは、これがはじめてではなく以前にも知り合っていて、昨年は薪村で会って、親しくもなっていたのでした。
 同じことを二度書くほどに、一休さんにとって森女さんがそんなにも大切な存在になっていたのでしょう。釈迦も達磨も奴にしたほどの、突き抜けてしまった一休さんがまだ知らない、想像したこともなかった生身の人間が、目の前に現れたのです。
 それがこの目の見えない、美しい、若い女性だったのです。


 幾たびも初心に還れ帰り花   仁


 機に会えばまた花も咲くらん


 森女さんのことは一休さんの詩の中にしか書かれていません。その出生も、人と形も分からないままです。
 ただ記録に残されているのは、真珠庵で発見された、一休十三回忌の香典帳に名を連ね、銀何貫目かを寄進したあかしがある位の数個です。水上勉さんは『一休を歩く』で書いています。
 ≪ いったい、その森侍者とはどういう人だったのだろうか。盲目だったことはわかるが、果たして、旅芸人だったのか。これはのちに一休寺で発見された、弟子の祖心紹越の手紙からの想像だけれど、森侍者は小袖を売って一休の塔所建築に心も金もつくしている様子だし、またのちに真珠庵で発見された、一休十三回忌の香典帳に名を連ね、銀何貫目かを寄進したあかしがある。それゆえ森侍者には一休の死語十二年目に金子を寄進できるちからがあり、また一休の死の数年前には、慈揚塔(墓)をつくるのに衣類を売っていることなどから、当時、街頭にあらわれて物乞いのような芸人ぐらしをしていた盲女といった印象とは、いくらかずれることになる。年齢も三十五、六でないと香典帳の年次に符号しないし、由緒ある家の出であったろうことも想像されてくると、この当時、住吉あたりを流浪していた盲女の正体は謎というしかないことになる。そこで、ぼくの住吉大社詣では、これで数回目であるが森女の正体については住吉へくるたびに興味をふかめないではおれないのだった。≫   。。。集英社文庫p191

 緻密な研究家で推理小説も書く水上さんが謎解きできないくらいですから、凡愚老仁には謎解きは無縁です。だから、真偽是非とは関係ない次元で、言葉遊びとして、森女さんと一休さんの出会いも、遊ばせてもらいます。


 マグダラのマリアかすずし森女の絵   仁


 かかる女人に寄り添う人か





★ 仁訳森女0692w01『 憶昔薪園居住時 』12t0623

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憶昔薪園居住時 玉孫美誉聴相思 多年旧約即忘後 更愛玉階新月姿

右余寓薪園小舎有年 森侍者聞余風彩 已有饗慕之志 余亦知焉 然因楯至今 辛卯之春 邂逅于墨吉 問以素志 即諾而応 因作小詩述之

 謝森公深恩之願書

――★♪♪★―――――――――――――★♪♪★――



 憶えば昔、薪園に居住せし時、
 玉孫の美誉、相思を聴く。
 多年の旧約、即ち忘ぜし後、
 更に愛す、玉階、新月の姿。


 右は、余、薪園の小舎に寓して年有り。森侍者、余の風彩を聞き、已に饗慕の志有り。余また知る。然しながら因楯して今に至る。辛卯の春、墨吉に邂逅して、以って素志を問えば、即ち諾して応ず。因って小詩を作って之を述べる。


仁訳
 思えば昔ね、ぼくが薪村に住んでいた頃、
 ぼくが皇孫であることや誉れ高い噂を聞いて、森公はぼくを密かに慕っていることを知って、ぼくも愛おしく思っていたんだよ。
 その相思の契りを、長い間すっかり忘れていたけれど、今こうして再会して、
 あの薬師堂の階段に立っている新月のように優美な森公の佇まいがもうたまらなく愛おしいよ。


 この詩を書いたのはね、ぼくが薪村の草庵に住んでいた頃の話だけれどね、この森公がね、ぼくの風評を色々聞いて、私かにぼくに憧れていたんだよ。そしてぼくに会ってね、いよいよぼくを慕うようになるのさ。森公の心根の無垢さがぼくには不思議なくらいだった。
 けれどいろいろのことがあってね、森公の傍にばかりいることはできなくなってね、いつの間にか森公もいなくなって、今までそのことさえも忘れかかっていた。
 文明三年(1471年)の春に、住吉の薬師堂で偶然にも森公に巡り会えてね、あの頃のことを謝し、今もまだあの頃の心はあるのだろうかと問うたところ、あれからもずーっとぼくを慕いつづけてきたと心を明かしてくれたんだ。
 ぼくはほっとしてね、森公が愛おしくてたまらず、もうずっと一緒にいようと思い、そのぼくの念いを詩にして伝えたよ。





★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★



★★★ 青のくさみ「森女」遊泳0210『 どの花もわれ恋せやも秋の蝶 』w12q090909 へどうぞ!!! ★★★


★★★ 万葉仮名あそび575交心w12q090901『 無愛想な顔が面目鳥兜 』 へどうぞ!!! ★★★


★★★ 林住期道楽交心w12q090601『 茜草一会の祇王肌に染む 』 へどうぞ!!! ★★★




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★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 青のくさみ「森女」遊泳 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★





★ 青のくさみ「森女」遊泳0302w12q090502

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酔芙蓉面目坊に恋狂い

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 先に、『 糞真面目嫌う愚直の穴惑い 』で、<一休さんは生きる力と観念力を一体化させたんです>といいましたけれど、もう少しこのことを遊んでみます。

★★★ 青のくさみ「森女」遊泳0201『 糞真面目嫌う愚直の穴惑い 』w12q0903 へどうぞ!!! ★★★



 木の実落つ穴に惑わず一途なれ   仁


 食うも食わぬも任天真よ





★ 仁訳一休詩0053w01『 掛拂遭呵百煉金 』聾12t0615

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掛拂遭呵百煉金 天生懐海耳根深 眞聞眞コ在何処 為鼓無弦一曲琴

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 払を掛け、呵に遭う、百煉の金、
天生、懐海、耳根深し。
 眞聞眞コ、何処に在りや、
 為に鼓す、無弦一曲の琴。

 
仁訳
 馬祖さんのところで、払子を壁に掛けていた時、百丈さんは一喝されてね、三日もの間耳が聞こえなくなったんだよ。
 馬祖さんの一喝は根源的な真実を開示してくれる百戦錬磨の鍛え抜かれた金言なんだ。
 その真実の言葉にはっと気づいた百丈さんは、聞こえない真実の言葉を聞き取る力を持っていたんだね。
 いわば弦のない琴の音を聞き分けることができたので、馬祖さんは無弦の琴を奏でたんだよ。


※ <払を掛け、呵に遭う>は、『伝燈録六』にある。馬祖道一さんに一喝された百丈懐海さんが、三日間耳が聞こえなくなったという話。


 林住期ももう後半になってしまいましたね。
 青臭会のミラクルなネアンの旅もいつまでつづくのだろうね・・・そんな言葉も語られるようになってきました。

 『青のくさみ』の気分のまんま突き抜け一休さんの真似言葉遊びをつづけます。


 馬祖さんの一喝はすごいですね。まるで落雷に打たれたようになるのでしょうね。突然の轟音で脳味噌は吹っ飛んでしまうのでしょう。空虚になった心に見える景色が悟りの世界なのでしょうね。落雷の一喝に撃たれたこともない凡愚老仁には想像もつかない時空ですけれど、言葉遊びでこの時空遊泳を遊ぶことはできるんですよ。遊びだから、真偽是非とは関係ないんです。自遊です。

 先師たちは知を窮めた末に、それらの知も名利も一切無化してしまうんですね。
 それが一喝です。
 その一喝で無心になることを無位の真人になるというのでしょう。一休さんはこの無位の真人を面目坊と呼んでいます。


 > 本来の面目坊が立ち姿一目見しより恋とこそなれ   一休


 一休さんも遊びの達人ですね。
 ネアンの旅人になるというのは、一休さんのように、遊びの達人になるということでしょう。凡愚老仁は、そんな一休さんの真似遊びを林住期道楽と呼んでいます。


 酔芙蓉面目坊に恋狂い   仁


 君も一途に共に恋いせよ


 一喝は、時には、竹に当たる石の音だったり、飛び立つ鴉の鳴き声だったりもします。
 頓悟というんですね。一瞬の悟りです。
 頓悟は時空スライドですから理屈はありません。説明もつかない。目に見えず、音に聞こえず、言葉にもなりません。異時空表現を獲得しなければなりません。
 公案というのはこの異時空表現の知的遊びといえるのかもしれません。絵画で譬えればピカソのゲルニカのでしょうか・・・
 一休さんの詩も、ゲルニカを幻視することと同じように、自ずから観えてくるものなのでしょうね。自ずから観えてくるということは、一休さんと一体化して生きるということでしょう。

 真似一休さん遊びくらいでは追いつきませんけれどね・・・


 百丈の耳根も欲しい夜の桃   仁


 喰えど残らぬ幻の恋





★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★



★★★ 万葉仮名あそび575交心w12r082807m『 黄美毛来手共似稲穂野菜実十奈令 』 へどうぞ!!! ★★★


★★★ 優遊575交心w12r082802『 彼岸花ものぐるおしき渡世かな 』 へどうぞ!!! ★★★



★ 。・。・゜♪゜・。・。★ リンク ★ 。・。・゜♪゜・。・。★



★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 万葉仮名遊び575交 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★





 つけ句あそび交心『 黄美毛来手共似稲穂野菜実十奈令 』に、万葉集の大家河童老さんより、思いもかけない交心をもらいました。
 有頂天にもなり、恥じ入ってもしまいました。
 けれど厚顔無恥が凡愚老仁の取り柄です。天の恵みと河童老さんの学びをもらって万葉風に載って遊びたいと念います。


 > 秋礼衣野蘇羅似多衣古乃杜離吾蘇分   仁


 秋の麗しい礼衣を着たような野(秋冷の)と
 羅の衣のような白雲浮かぶ空に
 笛や太鼓で囃し踊る大昔の人々(太古)の
 その森を離れて(杜離)、鳥が、ほら、このみ空を
 優遊と飛んで、遊んでいるよ。
 私も一緒に遊んで、喜びを分けてもらって、
 命が蘇るように躍っているよ。


 > 句母似香句礼手仙女杜茂奈礼


 この空を遊ぶ鳥よ、
 母の唄う歌のように、
 香り高い歌を唄いながら、
 雲に隠れて、
 またその雲を出て、
 仙女ともなって
 青々と茂る森に戻ってきて、
 私と遊んでおくれ。
 私に命の歓喜を分けておくれ。



★★★ つけ句あそび交心w12r082807『 黄美毛来手共似稲穂野菜実十奈令 』 へどうぞ!!! ★★★





 
★ 万葉仮名遊び575交w12q090201m

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秋礼衣野蘇羅似多衣古乃杜離吾蘇分

――♪♪♪♪―――――――――――――♪♪♪♪――




 河童老さん、ご丁寧な万葉仮名のご指導ありがとうございます。
 全く度素人の興味本位の言葉遊びにおつき合いくださってほんとうに恐縮してしまいます。重ねてお礼申し上げます。


 河童老さんの入魂の『『万葉集』を訓(よ)む 』を学ばせてもらいながら、万葉集と万葉仮名の成り立ちに関心が大きくなってきました。これからも河童老さんの『「万葉集」を訓む』に学ばせてもらって、万葉集に親しめるようになりたいと念じています。
 よろしくお願いします。


 万葉仮名のことまだまったく理解できていなくて、ただ音合わせと漢字のイメージで「万葉仮名」もじりの575遊びを楽しんでみたくなって、つけ句交心遊びの中で、試してみました。
 そんなわがまま遊びに目を止めて頂いて幸甚です。

 それにしても身勝手に作った575が、「万葉仮名」に合っていたことに、驚いています。河童老さんの『「万葉集」を訓む』を今まで学ばせてもらってきたおかげです。
 すこし万葉仮名のイメージが理解できそうな気がしてきてHappyです。
 ありがとうございます。


 凡愚老仁の言葉遊びで、こんな風に万葉仮名を遊ぶことお許しもらえると嬉しいのですけれど・・・鄙の瘋癲老仁の恍惚遊びとご笑止ください。


 言葉遊びで考えたことでしたけれど、「肝心の所に正訓字を配置されて良かったのですが」ということにも、学びをもらいました。そういう使い方もあるのですね。ありがとうございます。
 言葉遊びでしたから、「君も稲穂の波となれ」の祈念的な命令調のイメージで「令」を使ったのでしたけれど、「万葉仮名」には入っていないのですね。ありがとうございます。
 「万葉仮名」が今のように確定するまでは、万葉の人々は、どのようにして文字を適応していたのでしょうね・・・そんなこともこれから河童老さんの『「万葉集」を訓む』で学ばせてもらいたいと念っています。

 ありがとうございます。


 秋冷の空に太古の鳥遊ぶ   仁


 雲に隠れて仙女ともなれ



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 河童老さん、鄙の言葉遊びの575に、ご丁寧な一字一字の「万葉仮名」の点検をしてくださったことに驚いています。恐縮と感謝でいっぱいです。
 忙しい中に在りながら、こんなにご丁寧な交心をくださって、本当にありがとうございます。鳥になったように有頂天になって、秋の空を遊泳しています。


 秋礼衣野蘇羅似多衣古乃杜離吾蘇部   仁


 しゅうれいのそらにたいこのとりあそぶ   じん


 句母似香句礼手仙女杜茂奈礼


 くもにかくれてせんにょともなれ





★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★



★★★ つけ句あそび交心w12r083102『 赤まんまちいさき吾を好きになる 』 へどうぞ!!! ★★★


★★★ 徒然575交心w12r082901『 回生の標とそよげ彼岸花 』 へどうぞ!!! ★★★




★ 。・。・゜♪゜・。・。★ リンク ★ 。・。・゜♪゜・。・。★





★ 。・。・゜♪★ 老仁のそのまんま言葉遊び交心日録 ★♪゜・。・。★





★ 老仁のそのまんま言葉遊び交心日録w12r0821ー25

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一物のなくも恋いめや酔芙蓉

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12r0821

老ひてこそ意地も張りたし雲の峰(空呼)☆湧く湧く無心老いの妙味よ

張る意地も老いて角なし雲の峰

笑んでまあるく泣いては死角


吾が口に煩悩在りき大夕焼

黙せど色に零れ出でにき

蚤虱とことん人間好きになる

ぎりぎりまでを生きて笑わん

一物のなくも恋いめや酔芙蓉

日に燃えて立つ命の音色


喜ばん空即是色夜の秋

寝ても覚めても夢見るばかり


12r0822

霧の間に灯し見ゆ富士夜明け前

感嘆の声とどろきもまた


万緑の森に吾また森の精

風の囃子に木の葉の唄う

鳥けもの浮かれ踊りし山法師

森に戻ればいのちは一つ


12r0824

息生粋夏が命の閾持ち来

風に流れて夢見の自遊

夏の風おのずといのち顔になる

水は優遊雲は謄謄


12r0825

つやなしのはなしにあきの風とおる

はなしを遊ぶつや菩薩あれ

秋風が 吹いているのに 猫の恋(森人)☆恋はいつでもどこ吹く風よ

乞い来い恋風に躍って初黄葉

そぞろごころの色にいでけり


ゆずられて深々知りぬ老の秋

ひとはだの羽衣なびく秋の風


無に還る セミも枯れ葉も私も(花人)☆蝉なる吾に歓喜もらいし

わたくしも蝉のまねして無に還る

学ぶ標のあふれて在りぬ

すっとんとん潟に顔だすむつごろう

泥にまみれぬ身のこなしぶり





★ 。・。・゜♪★ 老仁のそのまんまで交心日録 ★♪゜・。・。★



★★★ 徒然575交心w12r082901『 回生の標とそよげ彼岸花 』 へどうぞ!!! ★★★


★★★ 優遊575交心w12r082802『 彼岸花ものぐるおしき渡世かな 』 へどうぞ!!! ★★★




★ 。・。・゜♪゜・。・。★ リンク ★ 。・。・゜♪゜・。・。★






★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 優遊575交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★





★ 優遊575交心w12r082802

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彼岸花ものぐるおしき渡世かな

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 フォト575『 面影のいくつ重なる曼珠沙華 』 へ遊呼さんより交心もらいました。<面影>という言葉の持つ力の大きさを感じます。
 よくよく考えると、わたしたちは生の半分は「面影」を追って、あるいは負って、生きているのかもしれません。そして「面影」は煩悩を清浄にしてくれる力を持っているようにも感じます。


 面影を追えば銀河のはなやぎぬ   仁


 赦されて在る銀河の恋よ





★★★ フォト575『 面影のいくつ重なる曼珠沙華 』 へどうぞ!!! ★★★




 カミソリをキツネのもてる山路かな   仁


 昨日を切りて一会の大事


 遊呼さん、交心ありがとうございます。
 あらゆるものにいろいろの面影が寄り添いますね。世界は心の映しというけれど、また、記憶の宝箱なのかもしれませんね。あるいは言い換えれば、世界は追憶の糧なのでしょう。
 古来人は花鳥風月に念をこめて歌を詠んできました。花鳥風月への人々の念いが重なり合って、心が響き合ったり、伝わったり、交わったりするのでしょうね。


 「面影」に乃舞さんを重ねてくださってありがとうございます。
 遊呼さんの心に「素敵な女性」として乃舞さんがいてくれることをうれしく思います。一期一会といいますけれど、人はこんな風に人の心の中に残りつづけていくのでしょうね。
 ふっと想い出して、しみじみ懐かしくなることいろいろあります。人って、不思議ですね。そして、人って、やっぱり、素敵ですね。
 一期一会。生きている今を、もっとやさしくなれればいいのですけれど・・・


 キツネノカミソリも彼岸花も群生が多いですね。でもひとつ一つは切ないですね。彼岸花はその立ち姿も色も情を映しやすい花です。
ひとつふたつ草むらに見るキツネノカミソリはマイナーな心根が感じられて凡愚老仁は好きです。


 彼岸花ものぐるおしき渡世かな   仁


 花を形見の常世遊ばん





★ つけ句あそび交心w12r081803

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面影のいくつ重なる曼珠沙華

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 > 鷺草の揺れて優しき母の顔   夢呼


 心に添いし面影の笑む   仁


☆☆☆ 夢呼さんの、『 ◆ ハングドラムのとりこになって ◆ 俳句から広がる世界短歌の魅力 ◆ 俳句練習長 』 への交心です。 ★★★
 


 母を想えば彼岸花がくっついて回り、彼岸花を観れば母を思い浮かべてしまうくらいに二者一体になっているのに気がついたことがあります。今もそうだから、凡愚老仁の中ではずっとそうなんでしょうね。
 お母さんの優しい顔は、お父さんの面影に満たされているのでしょうか。


 面影といずれが先か曼珠沙華   仁


 母には曼珠沙華が一番


 面影のいくつ重なる曼珠沙華   仁


 野にも海にも母は在りにき





★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★





★★★ 老仁のそのまんま言葉遊び交心日録w12r0809-11『 流れ星一瞬一生花長し 』 へどうぞ!!! ★★★


★★★ つけ句あそび交心w12r082102『 張る意地も老いて角なし雲の峰 』 へどうぞ!!! ★★★




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HN:
青柳仁
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非公開
自己紹介:
 21世紀を平和の世紀に!
 平和の砦を守る戦士として生きていますけれど、身近な人たちの中で、戦争に対してNO!と言い続けるスタンスを持ち続けていくことしかできません。
 手に花を!心に平和の砦を!

 平和の砦の源泉は子どもたちの未来を守ることです。子どもたちが生きる希望と勇気を持つ世の中を創りだしていきましょう。
 子どもたちと一緒に生きましょう。

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